2012年 11月 01日
SIAO_6
1 novembre 2012 (jeudi)、この日はブルキナの祝日。
ブルキナベたちがたくさんSIAOに繰り出してくると聞いた。
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朝、聴覚障害の青年たちの訪問を受けた。

また学生の集団が次々来て、質問を受けた。
「SIAOに参加してどう思うか?」とか。大学から出されたレポート課題だろうか。
答えに窮した質問は「日本はなぜ日出づる国というのか?」。

そうこうしているうちに、目の前を大集団が通る。まわりにカメラマンが群がっていて、何事かと思ったら、大統領夫人のChantal Compaoréが通ったらしい。

そのあとで、杉浦大使ご夫妻、迫(はさま)参事官ご夫妻の来訪を受けた。
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同じ日の出館にあるJICAのブースでも、パーニュの布地で袋をつくるデモンストレーションにすごい人だかり。
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午後、展示ブースをアシスタントのTaoreとSilvainにまかせ、西村早百合さんに、SIAO会場の南に隣接する工芸村(Village Artisanal)を案内してもらう。西村さんは工芸調査も兼ねて。
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工芸村は、中庭を囲んで4棟のコの字型の工房がたち、ブロンズ(travail du bronze)、陶器(poterie ceramique)、バティックやボゴランなどの染織(teinture et tissage)、刺繍(broderie)、ファッション(stylisme-mode)、木工、木彫、指物(menuiserie)、家具(ameublement, ebenisterie)、籠(vannerie)、皮革細工(maroquinerie)、靴修理(cordonnerie)、楽器、仮面、人形など、あらゆる手づくり品の製作と販売を行っている。
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職業訓練校的な側面もあるのだろう、働いているのは10代の若者も多い。
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目を引くボゴランのデザインに出会った。
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e0204542_1564499.jpg作者のMme Topan Mariamと。
彼女は16年間陶芸をやっていて、その後染織に移ったという。
弟子も使うベテランで、作風は多様。
独自のデザインで、センスがいい。


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廃品を利用した飾り物、おもちゃが面白い。
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彼らも、これらが欧米人に受けることを知っているにちがいない。
工芸村の一部は、土産物製作所になっていると感じた。
都市化の進展とともに村の暮しが失われ、それと結びついた工芸技術も生活から遊離して、土産物づくりになるか、博物館化されていく。
モノづくりも食っていけないと続かないのはわかるが、もやもやさせられる。
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SIAO会場に戻ると驚いた。祝日とあって、ものすごい来場者で、入口には長蛇の列。
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舞台は最高潮。
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夜は飯田勉さんのお宅を訪れた。
飯田さんのアパートは、Ougadougouの西端、Boboに向かう国道1号線沿いのパガライリ・ガソリンスタンドを入ったところにある。土地勘ゼロの夜道だったが、なんとかたどり着いて、夕飯をごちそうになった。
こちらで10年近く、孤児のための施設建設に単身で奮闘されている飯田さんは、多くのブルキナベに慕われている。『世界の果てで大発見!日本食堂』(テレビ東京)といったTV取材を受けられたこともあり、元美容師でありながら、自力で日本食を研究開発してブルキナベ向けの食堂を経営しておられる。 お宅は日本ブルキナファソ友好協会のブルキナ支所でもあり、JICAの人たちも飯田さんを頼りにしている。
先月の帰国時、つちのいえをたずねて下さったおり、わが家にお泊まりいただき、意気投合した。
近い将来、飯田さんといっしょに何かするにちがいない。
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by peuleu3 | 2012-11-01 23:27 | Africa


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