2013年 11月 13日
des toits incertains_1
11月13日(水)、『ハイデッガーの建築論—建てる・住まう・考える』(中村貴志訳・編、中央公論美術出版、2008年)が届く。

ハイデガーは(そしておそらくどの建築家も)、おそらく建築を壁や柱を建てることを軸に考えたと思われる。垂直志向がそこにある。
だが、人は、壁によってではなく、まず屋根によって天から守られねばならない。
地上に住まうことの手前に屋根が必要だ。屋根がなければ「住まう」ことが始まらない。
洞窟から出たヒトは、まず屋根を求めた。建築はあくまでその後の人間的次元にある。
ふつう屋根は建物の一部と考えられているが、存在論的には建物が屋根の一部なのだ。
そして屋根は、多くの土木技術と同様、「建築以前」、自然と人間のあいだにある。
フィリピンを襲った台風30号の惨禍をみて、そう確信する。
屋根によってヒトは人となり、生きられる間身体的空間を形成していく。
フッサールのいう「生活世界」とは屋根の下にある。哲学は屋根の下で生まれる。
壁を失っても人は生きうるが、屋根を失えば人の生存はたちまち危機にさらされる。

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屋根を問いつめることによって、人間中心主義を脱することはできないか。

屋根は、いつも天をあおいで人間に背を向けている。

屋根は、垂直でも水平でもなく、「傾いて」いなければならない。

いつか「屋根の哲学」が書けるだろうか。それは「斜め」の哲学でもあるだろう。



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by peuleu3 | 2013-11-13 23:37 | art


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