2014年 03月 26日
voyage au bout du Japon_3
3月26日(水)、与那国の「端」を訪ね歩く。
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9:01AM。与那国の北の端。
祖納港の突堤の先端。ナンタ浜の沖合の小島(ウブハナレ)が橋(波多橋)でつながれ、近年さらにそれが北に延ばされたと思われる。
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陸地とつなぐ橋が「波多橋」というだけあって、かつてこの湾は猛烈な荒波が船の接近を困難にした。膨大な量の消波ブロックで突堤を補強している。
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突堤のパーツは左右2列にパズルのようにジョイントされて延びていく。
僕はもともと技術屋的なところがあるので、インフラの構造技術には関心がある。これは「沿岸技術」と呼ばれる領域だろう。
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6畳ビーチとよばれる海岸では、座礁した船が折れた状態のまま放置されていた。荒海をしのばせる。

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島の東南の絶壁の上にあるサンニヌ台(三根崎)と展望台。崖崩れがあったらしく、立入禁止になっている。
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サンヌニ台から少し西に行ったところにある立神岩。海中からそそり立ったこの岩は、昔は「頓岩(とぅんがん)」と言った。
伝説によると、土地の若者二人が海鳥の卵を取るために岩の天辺によじのぼった。しかし降りるのが困難で、一人が墜落死した。残る一人が神に祈り、疲れ果てて寝ていると、いつのまにか陸地で目がさめた。それでここは「立神」と呼ばれるようになった、という。
さすがにこの端にはのぼりたくない。
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立神岩と絶壁の続く海岸線。

与那国といえば、この近くにある「海中遺跡」だが、悪天候で波が高く、この日は船が出ずに断念した。
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比川村より西の海岸道路は「南牧場線」という。ここでも牛と馬の放牧が行われている。

3月27日(水)、島の東の端、東崎へ。
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「あがりさき」と読む。西崎と同じく、絶壁の上に灯台がたつ。
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13:33。
西表はかすんで見えない。地球が丸いことが目に見える。
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固有種の与那国馬の赤ちゃんと出会う。
与那国馬は体高はおよそ110-120cmと小型。離島のため、系統が純粋に保たれてきた。与那国町の天然記念物。かつては農耕や乗用に利用されたが、農機や自動車の普及で、今はもっぱら観光や動物療法に利用されるという。
岬の回りは牛や馬が放牧されていて、糞を踏まずに歩くことはむずかしい。
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大丈夫か。
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牛の大群のなかを突っ切って歩く。季節がら牛も馬も子を孕んでいるのが多い。
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by peuleu3 | 2014-03-26 23:30 | note


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