2014年 08月 24日
voyage au bout du Japon_6
8月21日(木)
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鈴木大拙館(金沢市本多町3-4-20)。設計:谷口吉生。竣工:2011年7月。
「水鏡の庭」に自らの姿を映す「思索空間棟」。
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池の「端」の処理を見る。
穴に相対するように配された石彫は、イサム・ノグチの仕事を手伝っていた和泉正敏さんの仕事。もう30年近くお会いしていない。
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「端」の研究。

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金沢の端、金沢港を初めて訪れる。
前日の広島の土砂災害をもたらした空の水は、今日は日本海を赤く染めていた。

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8月22日(金)
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金沢湯涌江戸村の移築民家の三和土の床。
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かほく市白尾海岸。

夏はここではもう過ぎ去っていた。
それでもめげずに、のと里山街道で羽咋の千里浜まで行って、誰もいない海に身を浸す。
海の家はもうどこも営業していないが、浜から600mぐらいのところに「宝湯」という天然温泉があって、ここで体を洗える。
近畿ではあまりみかけない露天風呂付の巨大公衆浴場。440円。

e0204542_0555384.jpg西田幾多郎記念哲学館(かほく市内日角井1番地)は、設計安藤忠雄、2002年開館。
丘陵地の斜面を利用した広く長い階段庭園と、その上に建つ直方体の建物という組み合わせは、同じ安藤忠雄による大阪府立近つ飛鳥博物館(1994年開館)を想起させる。

西田幾多郎と鈴木大拙が同郷・同い年(明治3年・1870年生れ)で親友どうしだったというのは、今回はじめて知った。
西田は、数学か哲学か、進む道を迷ったという。

学生時代、京都学派のしぶきの一滴をあびたつもりだったので、西田幾多郎を読んだことはあるが、表現や制作(ポイエシス)を人間存在の根幹に置くところは共感できても、あくまで論述の枠内にとどまるので、やはり哲学は自分には向いていないと投げ出した。

墨人会の森田子龍先生は書の実作と理論の両方に秀でていたが、書論の源流は、久松真一に、そして西田哲学にあった。西田が揮毫を始めたのは40代半ばからと知った。

西田によれば、「東洋では書は美術の大いなる領分を占めている。」「音楽と書は、絵画や彫刻の如く対象に捉われることなく、直にリズムそのものを表現するものとして、われわれの自己にもっとも直接した芸術といってよい。しかもかかるリズムを静的に見る所に、芸術としての書の特殊的な点がある」。

西田の書をたくさん見たのははじめて。
いい書であると思う。何枚も書き直して、いいものだけを留め置いたという。


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「空の庭」と題した空間がある。四角に切り取られた空の下で思索を促すとされるが、「端」から建物の一部が見えてしまってる。
同じ空を切り取るといっても、金沢21世紀美術館のジェームズ・タレルの部屋の天井の穴は、空以外何も見えないようエッジを効かせてある。
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研修館の5階の研修室は360度、周囲を見渡せるぜいたくな空間。
哲学的思索のための空間とは、かくもぜいたくなものでなければならないのか。
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by peuleu3 | 2014-08-24 00:30 | note


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